2023年8月

第222回
2023年8月24日
課題図書:「自転車泥棒」呉明益

作者の呉明益氏を初めて知ったのは「歩道橋の魔術師」だった。しかしこの本で見事に挫折した私は、暫く彼の本を避けていた……が、少しでいいからその良さを知りたい!と長編「複眼人」を手に取る。そこで思いがけず、かすかな手応えを感じ、その感覚を確かなものにしたく、今回、名作「自転車泥棒」を選ぶに至った。(皆さん一緒に読んでくれてありがとう)

物語を料理に例えるなら、この本は噛みしめるたびにじんわり身体に染み込む、素朴で滋味な家庭料理だろう。(華やかな料理ではない…)

主人公は父とともに消えた自転車(幸福印の鐡馬)について調べるうちに、家族のこと、第二次世界大戦、台湾、自転車、動物園、蝶の工芸などの歴史を知ることに。それらの人生を丁寧になぞり過去へと時を遡る。
私がこの本が特に好きになったのは、古い物への愛情と、そこに至るまでの時間を愛おしむ人達の気持を見事に表現しているからだ。(蒐集癖がある人は頷く要素が沢山!)

失踪した無口な父、古物商のアブー、カメラマンのアッバス(ツォウ族)、アッバスの父バスア、象のアーメイやオラウータンの一郎など…(登場人動物は10人以上か!?)無限膨張し続ける各自の過去とエピソードにどうなるのかと心配になりつつも、いつしか互いに絡まりあい、父の自転車で1つに繋がっていることに気が付くー。

今回は皆さん楽しめたという声が!
多才で博識な作者にとにかく驚いた。
(精巧な挿絵は著者が描いている)
銀輪部隊やマレー半島の戦い、捕虜による過酷な鉄道建設にちゃんと触れていた。
戦争が動物達にもたらした影響に心が痛かった。広がる物語の着地が素晴らしかった。
村上春樹の「1973年のピンボール」に似ている等、思いもよらない意見も⁉

因みにこの物語は原題は「單車失竊記」

單車=自転車
失竊 記=盗まれた 記

となっている。そのため邦題「自転車泥棒」はなんかしっくりこなかったのであるが、皆にもしタイトルを付けるなら、というものの中で、「自転車を抱く木」という意見があり、言い得て妙だなと思った。
後書に、本書はイタリア映画の「自転車泥棒」から来ているとあった。そこには同じく第二次世界大戦のイタリア庶民の、自転車がないと仕事もままならない貧しい暮らしが描かれていた。

歴史とは、このような木の根のように張り巡らされた一人一人の物語で出来ているのだろう。今生きている私達も彼らと共に並走しているのだと教えてくれる。

ー 文・ハセマリ ー