2022年6月

2022年6月5日
課題図書:「冥土めぐり」鹿島田真希

今回の課題図書を選んだ意図をまずお伝えしなければなりません。
普段赤メガネの会の選書は、その回の選書担当者がある程度自分で決めたテーマに沿ってまず三冊選びます。
それを、会全員の投票で一冊に絞ります。
そうして晴れて課題図書が決まるのです。
ただ、年に数回ほど、スペシャル企画が催されます。
その一つが、直木賞、芥川賞が発表された時です。
この時期には新書大賞が選ばれることもあり、この三つの賞の中から課題図書が決まります。

イレギュラーありも含め、このようなシステムで選ばれてきた過去の課題図書ですが、私には最近やや不満がありました。

それは、ここ数年「芥川賞が選ばれていない」ということです。

私は考えました。
選書の時点で芥川賞受賞作を三作品にすれば、いやでも課題図書は芥川賞になる、と。
私の目論見は直近の芥川賞受賞作が選ばれることでしたがそうはなりませんでした。
しかしそれでも満足でした。
なぜなら、どれを選んでも芥川賞受賞作なのですから。

前置きが長くなりました。
今回の課題図書である「冥土めぐり」はどんな作品なのでしょうか。

ストーリーは、主人公奈津子が子供の頃に家族と訪れたホテルに、久々に夫の太一と向かう場面から始まります。
このホテルは奈津子の母親にとって一族の栄華を象徴する特別な場所でした。
彼女の母親、そして弟は今も過去を忘れられずとらわれ続け、奈津子にとりつき続けます。
彼女は二人から物理的にも精神的にも離れるために太一と結婚しますが、彼は病気をきっかけに車椅子生活になります。
しかし、太一は周囲の人を魅了する性格で自身にかかわる人たちにより好かれるようになります。

太一と結婚してからも母と弟は変わらず奈津子につきまとい続けるのですが、
彼女は夫とともに思い出のホテルを訪れることで何かを得られたのでしょうか。

メンバーの数人が読後に不思議な感覚、初めての感覚を得たようです。
その原因の一つは主人公の奈津子がほとんど主体性を持たずに生きてきたこと。
生きているようで生きていない、なんとなく生きているようにしか思えない生き方をしていたからそのように感じたとか。
母親と弟のいいなりで生きてきて、それから逃れるために太一と結婚したにもかかわらず、夫との関係性も微妙で、奈津子の存在感がふわふわ(主体性があるようには思えなかった)してたというメンバーもいました。
また、「冥土めぐり」というタイトルから、夫婦で心中する物語ではないかと思いながら読んだメンバーもおり、まさか真逆の再生の物語であったという話の筋に不思議な感覚を得たのかもしれません。

なぜ「冥土めぐり」というタイトルなのだろうと疑問をもったメンバーもいました。
それに対し、過去との決別かあるいは清算か、または浄化なのか、そのすべてを成し遂げる場所が「冥土」であるのは納得できるという意見がありました。
また、それは自分が生きていることを実感するために(地獄である)冥土をめぐったのではないかという意見もありました。
その意見を補完するように、「冥土」は死者が彷徨う場所であり、まさに主人公奈津子は人生を彷徨っています。
奈津子が生きているか死んでいるかでいえば、すでに死んでいるといってもいいのではないでしょうか。
彼女がもし現時点で(比喩的な意味で)死んでいるなら、ただ「冥土」を彷徨っているに過ぎません。すでに「冥土」を彷徨っていた彼女が現世に帰ってくるととらえれば、タイトルはバッチリだという意見もありました。

また、同じような体験をしたことがあるというメンバーもいました。
身内の死をきっかけに思い出の地を訪れ、過去に引っ張られていたものがスッとなくなったという体験をされたと聞きました。
このメンバーも「冥土」をめぐったというわけではないでしょうが、作品と同じように過去との決別から再生へという内容に共感したようです。

ただ、最後に主人公が「冥土めぐり」から帰って来たからといって、劇的に人生が変わるのかというとそうではなさそうです。
結局、家族への向き合い方、夫の太一との関係性への何か変化を感じることはできましたが、それはほんのわずかでしかないのでしょう。
生きているかどうかわからない状態のままであれば、結局変わりはしないだろうと感じたメンバーもいたようですが、果たして奈津子はこれからどういう人生を送っていくのでしょうか。

この物語を再生と思うか、堂々めぐりにしか過ぎないと感じるかは人それぞれだと思います。
一人ひとりを取り巻く環境はそれぞれ違うのだし、時代によっても感じ方は変わってきます。
それぞれの人たちにそれぞれの悩みがあり、当然と思うことがある。
人の数だけ普通があり異常があるのだと思います。
奈津子の生き方に共感できる人もいれば全く共感できない人もいて、興味を持てる人がいれば全く持てない人もいると思います。
ただ、そういう人生があるということを知ることが大切なんだろうと思います。
メンバーもとても興味深く面白く読むことができたようで、芥川賞受賞作を存分に感じられた良作でした。

ちなみに、この本には「99の接吻」という東京の根津を舞台に、四姉妹の末の妹視点から語るちょっと風変わりな作品も収められおりますので、「冥土めぐり」とは異なる味わいを感じることができると思います。ぜひ実際にお読みになってください。

苦手だったというメンバーが正直多かったですけど……

─ 文・佐野 宏 ─


2022年6月26日
第204回課題図書:「百万ドルをとり返せ!」ジェフリー・アーチャー

昨今の物価上昇などでお金に敏感になることが多くなりますね。お金が全てではないですが、生きていく上で必要なものには変わりない。さらに「金の切れ目が縁の切れ目」ということわざがあるように、お金で終わってしまう人間関係があるのも事実。でもそんな暗いことばかり考えていてはいけません!「金で生まれる絆もあるぞ」ということで、今回課題図書となったのはジェフリー・アーチャーのベストセラー「百万ドルをとり返せ!」です。

*本作のあらすじ*
大物詐欺師で富豪のハーヴェイ・メトカーフの策略により、北海油田の幽霊会社の株を買わされ、合計百万ドルを巻きあげられて無一文になった四人の男たち。天才的数学教授を中心に医者、画商、貴族が専門を生かしたプランを持ちより、頭脳のかぎりを尽して展開する絶妙華麗、痛快無比の奪回作戦。新機軸のエンターテインメントとして話題を呼ぶ“コン・ゲーム小説”の傑作。
(裏表紙より)

恥ずかしながら、ジェフリー・アーチャーの作品を読むのは初めてでしたが、「とにかく楽しい!」の一言。ほかのメンバーたちも楽しく読めたようで、秀逸なオチにも大満足でした。

他にも、メンバーからはこんな感想や意見も。
・4人が集まって計画建てるところは停滞したが、その後は楽しく読めた。
・処女作ということに驚き。
・初アーチャーだけど面白かった。
・ハイスピードで読めた。
・キャラクターそれぞれに個性があってよかった。
・こういうタイプの本を読んだのは初めて。
・アーチャーの作品には美味しそうな食べ物が描かれるところに魅力を感じた。
・フィクションとノンフィクションを混ぜて書くのが上手と思った。
・騙された4人のお国柄の違いが楽しみポイントなのかも。
・浅田次郎と東野圭吾を足して割った感じ。

この作品の魅力のひとつが個性豊かなキャラクターたち。大物詐欺師のメトカーフに金を巻きあげられた四人の男たちは生まれも育ちもバラバラ。アメリカ人、イギリス人、そしてフランス人。それぞれの国民性が垣間見えるような人物描写が物語に彩りを持たせているような気がします。でもってこの四人の男たちは割と普通の人。スーパーナチュラルな特殊技能は特にない。身体能力も決して高くない。それでも、それぞれの得意分野・専門分野を駆使してメトカーフから百万ドルをとり返したい。そんな彼らが考えた奪回作戦は“まさか”な方法ばかりで、ぐいぐい引き込まれてしまいました。これらの奪還作戦は全容が明かされないまま物語が進むため、メトカーフと一緒に騙されていくような感覚になりました。とはいえ、物語の中のメトカーフは悪役なので、知らぬ間に騙されてじわじわと金をとり返されていく展開はスカッと爽快。でも、メトカーフがちょっぴり気の毒になってしまう展開も…。

梅雨が始まったかと思いきや、いきなりの梅雨明けで、さらにはこの猛暑。体調管理が難しい今日この頃ですが、明るいクライムノベルを読んで、クスっと面白くてスカッと爽やかな読書体験をなさってみてはいかがでしょうか。

─ 文・水野 僚子 ─