2017年12月

2017年12月15日
課題図書:「そこのみにて光輝く」佐藤泰志
IMG_1223

今回、課題図書で取り上げた作家は、佐藤泰志──その名前を私は、彼の小説を原作とする映画で知りました。『炭海市叙景』(2010年)、『そこのみにて光輝く』(2013年)、『オーバーフェンス』(2016年)。中でも『そこのみにて~』は数々の映画賞に輝き、作家・佐藤泰志とその作品が再評価される大きなきっかけとなりました。しかし、5度も芥川賞にノミネートされながら受賞は叶わず、1990年に41歳で自ら命を絶った彼は“不遇の作家”という呼び方もされています。
 
佐藤が遺した唯一の長編小説『そこのみにて光輝く』は三島由紀夫賞候補にも上った作品。書籍化されたのは1989年。世がバブル景気に沸いていた時代ですが、描かれているのは社会からはじき出されたような生活を送っている人々。
造船所を辞めて無為な毎日を過ごす主人公・達夫は、パチンコ屋で煙草の火を貸した青年・拓児に自宅へ連れて行かれます。周囲で都市開発が進む中、立ち退きを拒みバラックに暮らす彼の家族は、脳梗塞で寝たきりの父と生活に疲れた母、そして体を売ることで家族を支えている姉の千夏。やがて達夫は千夏に惹かれ、関係を深めていくのです。

「ゆきずりのように出会いながら、自然な流れで形成される人と人との関係が懐かしい」
「読んでいるときは重くしんどかったけれど、もがきながら幸せを掴む所が良かった。大変な暮らしの中で前を向いているところに共感できた」
「貧困・不幸のスパイラルにハラハラ緊張しながら読んだが、全篇を通して読みやすいのは登場人物が魅力的だから」等々、作品のムードとは対照的にメンバーの感想はおおむね好意的。

裏表や計算のない拓児は「いい奴」だとか、男性メンバーから「スリップ姿でチャーハンを作る千夏の後姿に“女”を感じた」なんて声が上がる一方で、達夫に関しては「何がしたいの?」「流されて生きている」「満たされていないのでは?」「なんで千夏と深い関係になったのか分からない」といった厳しい声が続々…。

そこからタイトルの意味にも話が及び、「千夏たちを支えることで得られる“誰かのためになっている感”が、達夫にとっての生き甲斐=輝きではないか」「千夏たちはここにしか居られない、けれど、ここでは輝いている」といった意見。個人的には、達夫と千夏が近付く瞬に“光”を感じたりしていたのですが、これは先に観た映画のイメージがあったのかも知れません。
“そこ”を人生の“底”と捉えたメンバーもいて、いろいろと想像が膨らむタイトルで
はありますね。
 
さらに登場人物と作家本人を重ね合わせ「地方都市の底辺を描いた小説は、当時、理解されにくかったのでは? その時代でなければ、もっと生きやすかったのでは…ということが作家の目を通して書かれている」というメンバーもいました。時代とのギャップ──そういえば、文庫版の帯には“生き急いだ作家”とも書かれていました…。

その後、バブル崩壊などで社会的背景も変わり、没後20年余の時が流れた21世紀に、市井の人々の生き様を見つめた佐藤泰志の小説たちは、彼の故郷であり物語の舞台でもある函館市民の尽力(地元映画館が企画し、一般市民も支援)で映画化が実現。佐藤が問いかけた様々な人生と幸せの形には、先の見えない現代を生きる人たちから多くの共感や称賛が寄せられ、原作小説の復刊にも繋がりました。

もし、今の時代に佐藤泰志が生きていたら──? にわかに脚光を浴び、再評価される自分を彼はどんな風に感じるのでしょうか。少なくとも、この時代に、改めて読む機会を得た私たち読者と作品にとっては“幸せな復活”だったのではないかと思うのです。