2021年10月

2021年10月18日
第192回課題図書:「白の闇」ジョゼ・サラマーゴ著 雨沢泰訳

 「しばらく動けなかった。精神やられた。一人で消化するには重たすぎた。ただただ恐ろしかった。(僚子)」 

 これ、誇張でもなんでもないです。人間の醜さをがこれほどリアルに描いた本に、少なくとも僕はいままでお目にかかったことがない。しかもそいつがこれでもかこれでもかと全編にわたって追い打ちをかけてくるのだから、さすがに辛くなる。よくぞこれほど卑劣で残酷でむごたらしいエピソードを次々に思いつくものだなと思った。

 そう考えると、失明をもたらす謎の伝染病のまん延という本書の設定はさして重要ではなく、むしろ「人間の醜さ」をもっとも強烈に表現するために選ばれた舞台に過ぎないのではないか、とさえ思えてきた。戦争をテーマにしても、あるいはゾンビでもジェノサイドでも宇宙人による地球征服でも、こんな恐ろしい話には発展しない。たとえハッピーエンドでなくとも、巨悪がいてそれに抗う人々がいて、という図式にはまだ救いがある。だが、ある日突然発生し次々と拡大していく感染−−−その原因かウイルスであるかどうかは語られていないが−−−そのものに悪意はない。だからこそ、失明、隔離、監禁、餓えという絶望的な状況のなかから生まれる人間の醜さがより一層露わになるわけだ。

「人間のありとあらゆる恥部がまとめて放り込まれた世界にさすがに怯んだ。いつもは立ち向かうんだけど。人間ってこんなに酷いものなんですよといいたかったのかしら?(知子)」。同感であります。なお、本書は2008年に「ブラインドネス」という題名で映画化されてます。

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─ 文・岡崎 五朗 ─