2023年5月12日
課題図書:「捜索者」タナ・フレンチ著/北野寿美枝訳
「本の雑誌」が選ぶ2022年度文庫ベストテン 第1位 ・極めて優れた作家の大胆かつ新たな試み 〈ニューヨーク・タイムズ〉 ・この静かなサスペンスはタナ・フレンチの最高傑作といえるだろう 〈ワシントン・ポスト〉 という帯のコピーと、荒涼とした景色の表紙で選んだこの一冊。赤メガネの課題本としては珍しい、現代作家のミステリーもの。680ページというタフな長さながら読了したメンバーの感想としては全体的に好評。本作の気に入った点や疑問についてディスカッションすることができた。
■落ち着いた、静かな(あるいは静かすぎる)展開
本作の大きな特徴として、静かな物語の展開が挙げられる。元警官で米国からアイルランドの山村に単身移住してきた主人公のカル。そして失踪した兄を探して欲しいと現れる地元の子供トレイ。他にも魅力的な隣人や村人たちが登場するのだが、全体の印象として登場人物は絞られている。そして物語の場面も、基本的に村の周辺だけで展開するので、派手な展開はとても少ない。事態が次々と展開するジェットコースターのようなミステリー作品が好きな人には、もしかすると退屈かもしれない。
■丁寧な描写に惹きつけられる
全編を通して描かれるアイルランドの自然の美しさや、登場人物たちの所作(家具の修理やライフルの打ち方、等)が味わい深く、素晴らしい。そういったディテールと共にカルとトレイ、この二人の信頼関係がゆっくり深まっていく様子が全編にわたっての読みどころになっている。
■議論の余地を残す、事件の結末 ネタバレにならないように結末に関する記載は避けるが、本作のメインプロットとなる失踪事件の着地のさせ方については、ちょっと意外な展開があり、それについてはメンバーそれぞれの感想が違っていた。「それはそれでアリだが、××的にはコレどうなんだ?」ときっと思うはず。
とある小さなコミュニティで起きた失踪事件、と言うよくあると言えばよくある設定。過去のミステリー作品をリファレンスにすれば、様々な結末のパターンを想像でき、本作は中盤までは、そのどの可能性も残しながらゆっくり進んでいく。その上でのこの結末は、確かに<極めて優れた作家の大胆かつ新たな試み>だったな、と改めて帯コピーを見返してしまった。
ー文・中村 健太郎ー