2018年7月

2018年7月20日
課題図書:「日本以外全部沈没:パニック短編集」筒井康隆
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 今回の課題図書は、筒井康隆さんの『日本以外全部沈没:パニック短編集』。かの有名な小松左京さんの『日本沈没』(第113回の課題図書)を、ご本人の了承を得てパロディ化した1冊。危機に瀕する人々を描いたユーモア・パロディ・SF短編が11編収録されています。

 本書を選んだ、そのココロは。ワタクシ、サイエンス・フィクション、SFの本を読みこなせない。脳のSF筋が鍛えられておりません。読了したSFのタイトルをとくとくと並べる赤メガネ男子メンバー、女子メンバーが日頃、まぶしくてまぶしくて。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』(第128回の課題図書)は読了まで1ケ月かかった、というヒサンな過去もあります。それゆえ、ひとりではなかなか手を出さないSF分野をちょっとでも切り崩していこう、という目論見がありました。

 さて、Fly Me to the Moon, Take Me out to the Ballgame, Take me to the Hilton(*)、 ワタシをとんでもない異次元に連れて行って、とワクワク読み始めましたが――(註*:順に、ジャズのスタンダード曲、アメリカ野球ファンの愛唱歌、ヒルトンの送迎リムジンバスのコピー。「連れて行って」系で韻を踏んでみました)。

 すらすらと読める。破天荒に思える設定も、ちっとも読みにくくない。複雑な仕掛けも、文章がうまいから理解しやすく、ついていける。時代遅れの感とオヤジギャグにやや辟易しながらも、どの短編もそこそこ楽しめ、スムーズに読了。やった! これで、SF筋、ちょっとは鍛えられたかも、と達成感で足取りも軽く久しぶりの「赤メガネの会」に出かけたのですが――。

 メンバーの意見、割れました。ざっと書き出すと、こんなところ。
面白かった:登場人物が何の脈絡なく突然死ぬシチュエーションが愉快・はちゃめちゃSF、大好物・皮肉が効いているし、さすが理系で、話のメカニズムがしっかりしている・メディアに対する批判が今にも通じる・『時をかける少女』の同じ作家と思えない芸風の広さ、聞き分けのない関西人、老人の描写に共感できる・切羽詰まった人間のアクションが笑える

面白くなかった:時代背景がわからない・年代的に刺さらない・きっとこれはB級作品で、筒井さんの本領はここではない・必然性がわからないことがいっぱいある・何でもアリ、についていけない・期待値が高すぎた

 ちなみに一番人気は、大阪の下町に忽然とあらわれるUFOと宇宙人、そして関西人とマスコミのドタバタ劇を描いた『ヒノマル酒場』。次点は、理系のロジカルさと、ナンセンスSFのリリカルさを絶妙なさじかげんでブレンドしたわずか4ページの超短編、『あるいは酒でいっぱいの海』でした。

 選書責任者として、「わからない」というクレーム(?)に対応していくうちに、はたと気づいたことがありました。この作品が書かれた時代背景を知らなければ、笑えない場面設定・ジョーク、プロットが山ほどあったのです。ある年代以降の昭和生まれにはウケるモチーフが満載ですが、その前提を共有していないと、パロディというものは、笑えない。

 ひらたくいいましょう。そう、俗に言うジェネレーションギャップです。
もっとストレートに申しましょう。つまり、旧世代にしかわからないギャグ満載。
ようするにワタクシ、昭和の年寄りの部類に入りつつあるようです。さもありなん。じきに年号も変わってしまうわけですし。

 その個人的ショックはさておき、これから本書を読む若者、あるいは昭和はもう遠い方のお役に立ちそうな、本書に登場する昭和の時代背景を少しだけリストアップします。

* 日中国交正常化(1972年、田中角栄、周恩来):これを記念して上野動物園に初めてジャイアントパンダ(カンカン・ランラン)が贈られる
* 米中国交正常化(1975年、ニクソン、キッシンジャー、鄧小平)
* テレビ番組『元祖どっきりカメラ』やUFO/宇宙人目撃情報番組が大流行
* 湯川秀樹博士ノーベル物理学賞受賞(1949年)
* ビキニ環礁の水爆実験により、日本の漁船第五福竜丸が死の灰を浴びる(1954年)。以降、日本の反核運動本格化する
* ハイジャック事件が世界的に頻発(1970年代以降)
* 日本赤軍によるテロ事件、ゲリラ事件が国内外で多発(1970~1980年代)
* 機動隊が出動する大がかりなテロ・暴動が国内で多発(1970年代)
* 農協のパッケージ海外団体旅行、また、いわゆる『爆買い』が世界的に非難の的に(1970年代)

 このように、本書収録の11の短編には、当時起きていた笑えない深刻な世相が切り取られ、モザイクのようにストーリーに散りばめられています。ざっとこれだけ頭に入っていると、筒井氏が実にかろやかに、エレガントに世の中を風刺し、当時の人々の「あるある」感をくすぐり、笑いに昇華した真意がより身近になるでしょうか。

 俗に笑いを取る、というのは泣かせるよりも実は難しい、といいます。なるほど、共感性から言ったら、風刺による笑いは前提となる共通認識や知識があって成り立つもの。ほんの半世紀前の日本を描いた小説ですら、風刺を笑うには背景知識と知識を運用する共感力が必要、ということなんですね。ひいては海外文学をひもとくにもきっと、その能力が必要なはず。そのスキルを養うには、どうしたらよいのか?

 結局はもっともっと本を読め、世代を超えて多読し、人と会って昔の話を聞け、ということに尽きるのでしょうか。おぉっと、それってまさしく、「赤メガネの会」じゃありませんか! 異次元に飛ぶつもりが、地球から出られなかった、まだまだ修行の足りない今回の選書当番者でした。平成最後の夏、おあとがよろしいようで。