2023年1月

2023年1月26日
課題図書:「もの食う人びと」辺見庸

今回は久々にリアルで集まった。
緑の丸椅子、いろいろな事を思い出す。まるで同窓会のような雰囲気。

さて今回の課題図書、辺見庸著「もの食う人びと」は、
人びとが食べるという行為から紡ぎだす人間ドラマを描いた短編集となっている。

何故この本を選んだのかと言えば、私達は食物との距離が遠くなっていると感じたからだ。
「もの食う人びと」の一員としては、一旦ちゃんと考えないといけない。
何も考えず欲を満たし続ける事に、私はなにか危険を感じていた。
人は動物と異なり、料理をしなければ物を食べる事が出来ない。
面倒ではあるが、そこには手間暇かけた生活の喜びがあった。
しかし今は日々忙しすぎて、合理的かつ素早く満腹中枢を満たす時もある。

食べるという事はどういう事だろう?
作者も美食と飽食で甘やかしすぎた己の舌に喝を入れ、
アジア、ヨーロッパ、アフリカ、ロシア、韓国を巡り、
そこに住む彼らと同じ釜の飯を食うという、体当たりレポを敢行する。
それが放射能に汚染されたものであろうが、残飯だろうがとにかく食べまくるのである。

私が特に心に残った章は2つある。1つは「ピナトゥボの失われた味」だ。
フィリピンの先住民アエタ族の人々は類まれな野外生活の達人であり、
豊かな自然食文化を持つ山の民だったが、ピナトゥボ大噴火により、
生活は一変する。若者達は下界の味に支配され家族喧嘩も多くなった。
長老も支援物資のネスカフェの虜となったが、山の珍味もまだ忘れてはいなかった。
自給生活から突然の缶詰、ジャンクフードへ、
食の混乱に精神を病んだものも多く、山に戻り行方不明となってしまったという。

もう1つは「禁断の森」だ。
これはチェルノブイリ禁断の地に住む農民たちの話だ。
そこに住む人々は皆「だいじょうぶ、だいじょうぶ」が合言葉のようになっている。
危ないと知りつつも、そこ以外に住む術がない人々、
その日の命を繋ぐために緩慢な危険を選ぶ人びとがいる。
この本は今から約20年前に書かれた本であるが、
今のロシアとウクライナの戦争を見るたび、
ここにいた人々はどうなってしまったのだろうかと頭によぎる。

これを読んでいると、その場所で起きた様々な出来事が土を作り、
食べ物となり、人を作っているのだという事が良くわかる。
地産地消はある場所では危険極まりなく、
災害や争いによって穀物を作る事が出来ない農民たちもいる。
人間の作り出した混沌とした世界と、
自然界の整然とした美しさのコントラストが目に痛かった。

今回参加者にそれぞれ食べ物に関する想い出を聞いたのだが、
ポジティブな意見とネガティブな意見に分かれたのがとても面白かった。
さてあなたにはどんな食の想い出があるだろうか?
食べる事と生きる事はダイレクトに繋がっている。
何故それが心に残っているのかを突き詰めると、
自分の生きる信念の一部が見えてくるのかもしれない。

─ 文・ハセガワ ─