2019年12月

2019年12月13日
第163回課題図書:「眠りなき夜」北方謙三

今回の課題本は恐らく赤メガネの会における初ジャンル「ハードボイルド」であり、北方謙三の著作も初である。
内容は、タフな漢が信念に従い、妥協せずに巨悪に立ち向かうといった、曰く言い難いほどボイルディング。

主人公の谷以外にも魅力的なキャラクターが脇を固める。
「魔法の水」を運ぶ杉田、男なら惚れる順子、昇りきれない木崎、敵ながら天晴な西上、狸な長井、老えてもなお鋭い高樹、ハートフルな神山、本当の強さで包み込む斉藤…。
キャラクターへの魂込めに定評の北方節が冴えを見せる。

当然ながらツッコミ所も満載ではあるが、それさえもエッセンスとしてしまう勢いがある作品であり、概ね高評価が多かった。
ただし中には、「乗れなかった」といった意見もあり。
そんなポジティブ・ネガティブ共にそれぞれの意見を紐解くと「昭和」というキーワードが見えてくる。

例えば西部開拓時代などの物語があったとして、それは明確に今とは違う世界を前提とした作品への対峙と共感がある。
しかし昭和は現代と地続きで、それ程遠くない過去である。
ネガティブ面に目を向ければ、近いからこその現代との差異が、時に強烈な違和感としてノイズ化したのではないだろうか。
逆にポジティブ面としては、昭和が血肉化された世代としてのノスタルジーとも推測できる。

さらに「昭和」をブレイクダウンすれば、当然「ジェンダーロール」という2ndワードが浮かんでくる。
男らしさ、女らしさ…、共に現代の禁句である。
その禁句を強烈に体現するキャラクター達。
メンバー間でも様々な意見が出たが、あなた自身が「男らしい」、「女らしい」と評価されたらどんな印象を受けるだろうか?
(そもそも今は「●らしい」って言われることが皆無ではあるが)

一つの例としてディズニーを出せば、「女性の幸せは白馬の王子に選ばれることではない、自立することだ」が明確なメッセージであり、それがポリティカルコレクトネス時代のジェンダー指針だったりする。
好き・嫌いは別として、今作はそんな世相においての昭和ハードボイルド体験として選ばれるに十分な強度を持つ作品と評価したい。

と真面目っぽい評はここまでとして、「ハードボイルド」に必要不可欠な要素をメンバーで考察してみた。
「タフ、暴力、酒、煙草、女、情事」などは当然レギュラーとして、「寝ない、独身、バーバリー、体力の限界、港、事務所(オフィスじゃない!)、倉庫、北国」なども意見に上がったが、総じて昭和である。
令和においては、煙草の灰ガラがギチギチに詰まった灰皿と酒瓶が乱雑にちらかる事務所のソファで寝泊まりはしない(そんなことしちゃダメ、寿命が縮まる)。

最後にですが、「ハードボイルド」上級者はヒロイン(順子)が出てきた時点で「裏切り」を、煙草がプロットに出てきた時にニヤリと「伏線」を感じるらしい。
皆さんはいかがだったでしょうか?
特に「煙草」を手掛かりにするプロットはハードボイルドならでは極意!との評価がありました。

― 文・宮城 恒太郎 ―