2019年6月7日
課題図書:「菜食主義者」ハン・ガン
2005年に韓国最高峰の文学賞、李箱(イ・サン)文学賞を受賞。
その後、2016年にイギリスの文学賞で、世界的にも権威のある文学賞の一つであるブッカー国際賞も受賞したハン・ガンの「菜食主義者」が今回の課題図書。
ある夢をみたことをきっかけに、突然、肉を口にしない菜食主義になるヨンへ。
家族が心配するも誰の意見も聞き入れないヨンへは次第にやせ細り、おかしな言動を繰り返す。
そんな突如として壊れてしまった妻に戸惑い、苛立ちを隠せない「夫」。
ヨンへの臀部に未だ残る蒙古斑から自身の芸術活動と性的対象としてイメージを湧かせる「義兄」。
壊れていく妹を支え、更には壊れていく自分自身の日常を生きて行くしかない「姉」。
夫、義兄、姉。それぞれ3人の目を通してヨンへの崩壊の姿が描かれていく。
この作品は2002年から2005年に発表された独立した三編の中編小説であり、また一つの長編小説でもある。
予備知識なく読んだメンバーは、まず最初の一編が終わった後に、続きが読めることに喜びがあったようだ。
意外なことに初!韓国文学なメンバーが多く、「登場人物への感情移入ができない」「読んでいて気持ちのいいものではない」「心がゆれない」「変態さが足りない(?)」など理解の難しさや、戸惑いを語る一方。
そんな感想の後には、「でも」という接続詞が必ず現れ、
「面白い」「夢中になって読める」「予想していない展開に引き込まれる」「前衛的な新しい感覚を味わった」など両立するものなのだろうか?と思われる感想が並び、新しい感覚を味わったメンバー一同。
物語三編を通して、主人公のヨンへは菜食主義という形だけではなく、自分は「木」になりたいと思うようになる。
と一言で言っても「?」という感じだか、なぜ今まで普通に暮らしていた一人の女性が突如このような考えに至ったのか。
「肉食から草食」になりたいということの意味は「自分のなかの余分なものを排除し、光合成をし一人生きていく」「植物として生きていくことで安心する。そんな生き方しかできなくなってしまった」のではと、ヨンへの心の奥底に迫っていくと韓国での女性の立場や、背負っているもの、男性へのやり過ごし方など、息苦しい生き方からの解放を訴える姿、韓国女性の「今」が徐々に見えてきた。
またブッカー国際賞を受賞をしたのが2016年。
世界的にもMeToo運動やLGBTの権利について議論が盛り上がっている最中でこそ「菜食主義者」は評価を得たのではという意見も上がった。
最近は日本の地上波で韓国ドラマが流れ、K-POPが音楽売り上げランキングに当たり前に入り、近い存在のような気がしていた韓国。しかし今回の作品からは、今まで全く知らなかった韓国の姿を見ることができた。
その国に住む人にしか描けない苦しみや訴えを少しは感じ考えることができたのだろうか。
韓国の今を知る意味でも、韓国文学自体にも、興味を抱くきっかけになる(私はなった!)そんな作品に出会うことができた。
― 文・まいこら ―
2019年6月28日
課題図書:「王家の風日」宮城谷昌光
今回は中国のお話である。しかも、古代中国である。商(殷)という時代のお話である。
紀元前11世紀頃という気の遠くなるような昔のお話である。
古代ともなってくるともう歴史のお勉強である。
学生の時に歴史を学んでいた人たちには、懐かしい、もしくは、そんなん憶えちゃぁいないって感じだろうか。
とはいいつつも、この日本には歴史好きって人はかなり多いと思う。
個人調べで確証はないが。
ただ、過去には歴史といえば、男たちのマニアックな偏向した趣味のようなもしくはロマンのようなものだったと思う。
かくいう私は、高校の時分は地理を専攻しており、歴史にはあまりふれていない。
だが、子供のころに、ナムコの三国志を手始めに、本格歴史ゲームで名高い光栄の三国志シリーズにどっぷりと浸かりこんだクチである。
そこでは、”張飛”の計略(火計など)への掛かりやすさ(知力が低いため)や「”兀突骨”(ゴツトツコツ)って何て名前やねん!そしてどこが苗字やねんっ!」的な無駄な知識を積み増していったものである。
ちなみに、”兀突骨”も計略(火計など)にかかりやすい(知力がひくいため)。
最近では歴史は、マンガやゲームなど(とにかくキャラが男前か女前)の様々な媒体のおかげで女性たちにも広く?いや、まだ広くというわけではなかろうが、とはいえ、広まりつつあり、我々のような、こそこそと歴史していたおっちゃんたちには、とてもとてもウエルカムな環境になりつつある。
そんなわけで、歴史ものと言っても意外と素直にスッと文章が頭に入ってくるのでは、なんてことを選書者のわたくしは期待したのでぇありマス。
さあ、会はこの本を題材にどうなってしまったのか!
それは、このあとすぐ!
舞台は、商の時代。
商は、600年続いた王朝であるが、この物語は国の滅亡、そして、周の勃興を描いている。
国の王子として生まれた箕子(きし)は兄の羨王(えんおう)とは気が合わなかったが、羨王の子の受(じゅ)が王となると宰相となり、異母弟の干子(かんし)とともに傾いていく国を支えていく。
しかし、紂王(ちゅうおう※受のこと)の暴政や軍師太公望を得た姫昌(きしょう)と発(はつ)親子の周の勢いにより滅亡を余儀なくされていく。
会は、みんながみんな冒頭で述べたように意外とスッと文章が頭に入ってくるということはなかったようだ。
やはり、歴史は苦手という意識が働いたメンバーもいた。
とはいえ、概ね、あまり触れたことのない題材ということでの難しさはあったようだが、ストーリーとしての面白さを感じたメンバーは多かった。
三国志や水滸伝などの時代を知っていてもなかなかこれほどまで古代の時代の物語を読むことがなかった人が多く、中国の後の歴史への繋がりを知るよい機会になったと思えた作品だった。
時代背景はよくわからないが、太公望や妲己(だっき)などの知っていた人物もいて面白く読めたという人もいた。
そういったメンバーには封神演義の影響もあったようだ。
また、この時代に文字や通貨の概念等が生まれており、そこから、商人やお金ひいては現在まで続く中華思想の一端が知ることが出来たというメンバーもいた。
こういった歴史小説は、読み物としての楽しさにプラスして多くの知識を得ることが出来るのも良さの一つだろう。
歴史が苦手なメンバーの一人は、歴史を知っていたらさらに楽しく読めただろうにとほぞをかんでいた。
そのメンバーのこれからの歴史ライフに期待である。
また、この作品は、著者のデビュー作であることに対する驚きも出た。
確かに、これだけ昔の時代を調べ上げることに相当な努力が必要だろうし、それを読ませるストーリーに仕上げる技術もすばらしい。
また、歴史は新しく発見された資料の研究や、考察する角度によって変わって行くものだと思う。
そういうことで言えば、著者は作中で現段階で認識されている事柄を違う角度から解釈しているくだりもあり、私は感心し唸らされた。
図らずもではあるのだが、現在、東京国立博物館で三国志特別展が開催されている。
今回の作品とは時代は違うが、タイミングとして何かの縁を感じる。
三国志の時代にも、商や周の時代に生まれた例えや語句がさんざん出てくる。
そういう関わりを知ることもまた歴史ものを読む面白さの一つになるのだと思う。
最後に、横山光輝氏のマンガ三国志からの名セリフでこの作品への私の感想を表現しお別れしたいと思う。
「むむむ」
― 文・佐野 宏