2024年6月

第235回
2024年6月8日
課題図書『八つ墓村』横溝正史著課題図書『八つ墓村』横溝正史著

 「たぁたぁりじゃああ」という老婆のしわがれ声。夜桜の中、懐中電灯を2本頭から付き出した鬼の形相の男が太もももあらわに着物の裾をはだけ、日本刀と猟銃を持ってこちらに走ってくる――そんな映画CM映像が、1970年代、昭和のお茶の間のテレビには普通に流れていた。

 1分あるかないかのCMでも、子ども心に超絶怖かった。そのCMを観てしまった日には夜、ひとりでトイレにいけなくなった。でも、何をどうしたらあんな恐ろしいことになるのか、気になって仕方がなかった。

 あれから、幾星霜。気づいたらもう、令和の21世紀。今でも横溝作品は読まぬまま、映画も観る機会を逸していた。そうだ、赤メガネのみんなを巻き添えにしよう(?)!と、と本作品を推し、めでたく課題図書に選ばれた。本作品は日本の推理小説の礎を作った横溝正史の最高傑作という評判が高く、何度もテレビドラマ化、映画化されている。

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以下、参加者の意見を抜粋して紹介する。

  • 山深い集落の因習、血縁のしがらみ、祟りといったモチーフには、海外スリラーにない怖さがある。こういったモチーフは、21世紀の都市部に生きる者には身近に感じられなくなった。
  • これは、1938年(昭和13年)に岡山県で実際に起きた「津山三十人殺し」をベースに書かれた作品。自分は岡山県の出身なので、細かいディテール(例:八つ墓村でも育てていた「千屋牛」がどれだけ美味しいかなど)も楽しんでよめた。岡山県では今の若い世代もその「津山三十人殺し」のことは知っている。殺傷された犠牲者の数からこの事件は長らく、史上最悪の殺人事件といわれていた(その後、2019年に起きた京都アニメーション放火事件がこれを上回る犠牲者を出す)。
  • 文章が緻密でエンターテイメント性が高い反面、ご都合主義的なところが散見され気になった。それでも、最後まで引っ張る力があった。
  • 文体がしっかりしていて作為的に怖がらせようとしていなかったので、次々と人が死んでいくわりには身構えたほど怖くなかった。
  • 小説の映画化はたいがい、小説のほうが面白い。だが、この作品は例外。映画は原作よりも圧巻だった。血飛沫が出るシーンすら、血の色、演出に品格があった。
  • 行動原理が解せないところがあった。そもそも、警察に頼るよりも、村の中で解決しようとする風習が悲劇を招いたのでは。隠蔽体質によって村が閉ざされた無法地帯となる、その土着の野蛮さが怖かった。
  • 地下にある鍾乳洞の構造が複雑すぎて混乱した。その構造がわからないまま鍾乳洞でいろいろなことが起きすぎて話が長引き、中だるみした。ある意味、これは、ダンジョンもの(※地下にある危険な洞窟や迷宮、牢獄からの脱出をテーマにしたゲーム、ファンタジー作品を指す)の元祖かも。→後日調べたら、やはりアドベンチャーゲーム『八つ墓村』がニンテンドーDSから出ていた!
  • 映画で山崎努さんを起用したキャスティングは、さすが。
  • 日本の土着信仰、祟りを元にした殺人事件、というジャンルにおけるクラシック作品。今は、このテーマでミステリーを書く作家は希少では?

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 横溝正史が打ち立てたこの土着信仰ジャンルの不穏な、じめっとしたミステリーは、蛍光灯に照らされた文明社会に生きるわたしたち現代人にも、生理的な揺さぶりをかける。実体験はなくても里山ではぐくまれた農耕民の貧しい暮らしがわたしたちの肌感覚のどこかに眠っていて、それがこの作品を読むと眠りから目を覚ますように。

 語り手は、事件に巻き込まれて生き延びた当事者。その述懐によって話が展開するので、怖いというよりも、不穏な空気が終始漂う。読者は語り手の話をたよりに、犯人はだれかを突き止めようとする。「赤メガネのミステリーの女王」こと、R子ちゃんはもっともっとおどろおどろしい海外ミステリーをたんまり読んでいる殺人事件の目利き(!)だが、本作品はその彼女のお眼鏡にもかなったようだった。

 世界マーケットでもヒットした日本のスリラー映画には、鈴木光司原作の『リング』がある(外国人にも、”Sadako”で通じる)。でもあの作品では、「ビデオのダビング」という現代のツールがギミックで、日本の鄙びた山村の暗部にはさほど触れられていない。インバウンドの旅行者増加でますます世界の目が日本文化に向いている今だからこそ、映画『八つ墓村』は、実際に起きた事件に基づいているだけに、日本社会にかつてあった断片を切り取ったという点でもっと高い評価を得られるのではないか。戦国時代のある事件を端緒とする集落の閉鎖性、因縁や跡取りのしがらみというテーマは日本独自のもののようでいて、ある種の普遍性がある。ハリウッドのスリラー映画では目玉がいくつもあったり、体がいきなりスライム状になってどこにでも侵入できて追いかけてきたりするモンスターが跳梁跋扈するのがお家芸だが、『八つ墓村』の不穏さは背筋から何かがじわじわと這い上がるような、それとは異質のものだ。『八つ墓村』の小説も、映画も、海外の日本サブカルファンを増やせそうな魅力を秘めていると思う。

 かくいうわたしは、小説をようやく読めたが、映画はまだみていない。金田一耕助を、先に渥美清版でみようか豊川悦司版でみようか、楽しく迷っている。

― 文・安納 令奈 ―