2020年1月10日
第164回課題図書:「秘密の花園」フランシス・ホジソン・バーネット
今回の課題図書は『秘密の花園』。『小公子』や『小公女』で知られる英国の作家バー
ネットが1911年に発表したお話で、児童文学の名作といわれています。これまで160以上
の古今東西の文学に挑戦してきた赤メガネのメンバーが、大人が子どもに向けて書いた作
品をいかに読み解くか、期待と不安を織り交ぜて2020年最初の読書会が開催されました。
物語はイギリス領だった当時のインドに始まります。現地で裕福な暮しを送りながらも
、仕事人間の父親と育児に関心のない母親の下、召使にかしづかれるばかりの10歳のメア
リは癇癪持ちで超わがままな女の子。ある日、コレラが大流行し両親も召使も全員が死ん
でしまいます。孤児になったメアリを引き取ったのは本国イギリスに住む血のつながりの
ない母方の叔父クレイヴンでした。
長い船旅と果てしないムーアをぬけてたどり着いたのは100もの部屋があるお屋敷と広
い庭をもつ大邸宅。彼女はその一室を与えられ、ひとりぼっちになったことを実感します
。「みんな私のことを嫌い。誰も好きになってなんかくれない」…そんな彼女を最初にな
ぐさめたのは、そんなことないさとメアリを興味津々に見つめる人なつこい一羽のコマド
リでした。そしてそのコマドリと友達の不愛想だけれどやさしい庭師の老人ベン、朴訥で
おしゃべりだけれど憎めない召使のマーサ、その弟で動物と話ができるディコン、やさし
いお母さんのスーザン。「今の今まで、孤独のせいで自分がひねくれて不機嫌だった」こ
とにメアリははじめて気づき、次第に周囲に心を開いて成長をしていきます。やがて明ら
かになる「秘密の花園」の存在、屋敷の中から聞こえる子供の泣き声の正体。コマドリに
導かれるように「秘密の花園」の鍵をみつけたメアリは、ディコンと叔父の息子で自分と
同じく孤独で病弱なコリンを誘って花園を蘇らせ、コリンを歩けるようにするという一大
計画を実行していきます。
読み終えたメンバーからは、「おもしろかった」、「途中でつかえることなく最後まで
読めた」「読んだことなかったけれど、子供の目線で読めた」など肯定的な意見とともに
「魔法」とか「おまじない」とか大人になった今ではなじめないような部分があったとい
う感想も出ました。また、文庫本で400頁という大作に、「これを子どもが読むのか」「
むしろ大人に讀ませたい」「作者は誰に向けて書いたのだろうか」という議論や問題提起
にも発展していきました。
『秘密の花園』には三つの秘密があるように思います。ひとつ目は妻を喪った悲しみの
あまり思い出の花園を閉ざした叔父クレイヴンの秘密。これをメアリが開放します。ふた
つ目はこっそり花園の手入れをしていることが知れたら二度と入れてもらえなくなるから
とメアリが内緒にした秘密。これもメアリ自身が信頼したディコンやコリン、マーサに明
かし秘密を共有することで開放されます。そして三つ目は花園を蘇生しコリンを元気にし
て帰ってきた叔父を驚かせるという秘密。これは叔父の目の前で子ども達が扉を開け放つ
ことで開放されます。
子どもが大人になるためにたどる道にはいくつかの秘密の扉があって、物語の中にはそ
れが見えるように描かれているのだと思います。大人もその物語を読むことで子どもの世
界へと扉を逆にだどることもできる…大人になると複雑な社会を反映した読むべき本がた
くさんあって、かつて親しんだ本のことを忘れてしまいがちになりますが、「児童文学」
というジャンルもまた「大人の読書」を広げてくれる大切な分野だと思いました。
作者のバーネットは、この物語を書く以前に愛する息子の死や離婚を経験し、ケント州
のカントリーハウスに移り住んで閉ざされた花園を発見し、一時期その手入れに没頭する
暮しを送っていました。生きていたら息子に話したかったこと伝えたかった思いをこの物
語にこめたのかもしれません。
『秘密の花園』を読みながら、物語にでてくる「ムーア」や花や小鳥の名前を調べたと
いうメンバーもいました。ゆっくりと「旅するように読む」というのも今回得られた貴重
な経験かなと思います。会を終えて表に出た時、冷たい風のなかに一瞬花の香りを感じて 、「もうすぐ春が来るのよ」というメアリのささやきが聞こえたような気がしました。
― 文・田口 靖子 ―