2021年6月

2021年6月12日
第186回課題図書:「インスマスの影」H・P・ラヴクラフト

クトゥルー、ニャルラトホテプ、ヨグ・ソトホート、ショゴス、トラペゾヘドロン…

この言葉を見て、おっ! と思った方々、だいぶんお好きなようですね。

一方、何のことだかさっぱりです! という方々、ご安心ください。

赤メガネの参加メンバーのほとんどがさっぱりだったのですから。

つまり、本読みでもこれまで触れるチャンスのなかった人は多くいる分野の本なのです。

「インスマスの影」はラヴクラフトの創作したクトゥルー神話の傑作選です。

彼には、生前に出た本が一冊しかなく、その死後に多くの仲間たちの尽力によりいくつもの作品が発表されました。

それらのいくつかを、解説も書いている南條竹則氏が纏めたのがこの作品です。

クトゥルー神話のことは、TRPG(ボードゲーム)やビデオゲーム、マンガなどを通して知っているという人も少なくないようです。

そういった人々はオリジナルの本の存在は知らない、もしくは知っていても読んだことがないらしいのです。

つまり、このクトゥルー神話は原作よりも二次創作作品たちによって多くの人に知られていくようになったのです。

実際、赤メガネのメンバーの一人もゲームでの知識はあったが、本は初めて読むとのことでした。

かくいう私も選書者であるにもかかわらず、それに近い状態だったのです。

さて、前述の横文字たちの正体は、クトゥルー神話の邪神の名前です。

ワクワクしてきますねぇ。

興奮させるネーミングですねぇ。

では、この邪神とは何者なのでしょう?

彼らは太古の地球の旧支配者でもあり、異星からの訪問者でもあります。

ある邪神は復活を狙い、ある邪神は異星へ人間を導こうとし、ある邪神は人間と交わり混血を生み出していきます。

彼らの存在は、人間にとっては理解の範疇を大きく超える得体の知れないものであり、それゆえに人々は彼らによって狂気に追い込まれていくのです。

この邪神たちは多くの触手を持っていたり、多くの目を持っていたり、巨大だったりで奇怪な姿形をしています。

しかし、メンバーの多くがなかなかこの邪神たちの姿をはっきりと想像することに苦戦していました。

確かに、作中の表現ではその姿は容易に捉えづらいものとなっているように感じました。

ただ、一度だけではなく二度読むことで、朧気ながらも彼らの姿を頭に浮かべられるようになっていきました。

これはラヴクラフトの術なのでしょうか。

とはいえ、現在多くのラヴクラフトのフォロワーたちが様々なイラストなどで、邪神のイメージを活き活きと描いてくれていますので、それらが大いにビジュアル面で助けとなっています。

文章だけではイメージが湧きにくい方々は、これらを参考にするとより本作に入り込めるかもしれません。

また、「におい」も多くの作品に登場します。

まさに悪臭というような強烈な臭い。

メンバーの多くがこの臭いが気になったらしく、港町が舞台の作品もあることから、魚などの生き物が腐ったような、排水溝の中から登ってくる下水のような、とにかく、想像できる最悪を超える臭いを思い描いたようです。

この臭いをヒントとして危機を脱出する作品も描かれています。

邪悪なるものは臭いもきついんですねぇ。

周りから強烈な悪臭がしてきたときには、その空間にいる人のだれか、もしくは全員が邪神、またはその手下であるかもしれないので気をつけましょう。

さらに、このクトゥルー神話には奇妙な名前の邪神たち以上に奇妙な呪文が多く登場します。

フングルイ ムグルウ・ナフ クトゥルー ル・リエー ウガー・ナグル フタグン

こういった呪文は人間の口では発音しにくく、ブンブンいう音とともに聞こえるらしく、いやな感じで耳に残るのだそうです。

ブンブンという音はどんな音なのだ! と強く興味を持ったメンバーがいましたが、私はその時心の中でモンゴルの伝統音楽ホーミーのようではなかろうかと密かに思ったのです。(違うでしょう)

作品全編に渡り登場人物の嗅覚や聴覚や視覚に影響を及ぼす描き方のせいか、読んでいたメンバーの多くも眠たくなったと言います。

これが、もしラヴクラフトの思惑通りだったとしたら…

以上のようなメンバーの感想や眠気を踏まえれば、ラヴクラフトは何かしら強い影響を読み手に与えていると確信せざるをえません。

だからこそ、多くのフォロワーを産んでいるのかもしれません。

直接的な二次創作以外にも、いくつものSFやホラー映画などにその影響の片鱗を見ることができます。

そのような部分に気づくことにより、先に先に読み進めていけたというメンバーもいました。

なんだか、素晴らしい作品に思えてきました。

では、ラヴクラフトは何のためにクトゥルー神話を描きたかったのでしょう。

メンバーの多くは、彼の幼少時代が大きく影響しているのではないかと推察しました。

彼は、子供の頃は病弱で家に引きこもっていたといいます。

また、そのころから目に見えないものに対して興味が深く、敏感であったともいいます。

不遇な自分の状況を覆すように、その感性の鋭さを借りてパワーとし、神的なしかも邪な神が人間に恐怖を与えていく世界を造りあげていったのでないでしょうか。

彼は本が売れずに生涯を閉じますが、その意志は彼の多くの友人が引き継ぎ現在も生き続けています。

つまり、邪神は復活して支配し続けているのです。

よかったね。ラヴちゃん。

この傑作選には7編が収録されていますが、特徴的なのは、同じ街や邪神たちが他の短編に出てくることです。

一見すると全く別の話のようですが、もしかするとそれぞれのストーリーには何かしらの関連性があり、体系的に捉えればさらに面白さを感じ取れるかもしれません。

今作以外の作品とともに、そのような読み方をしてみるのもいいかもしれませんね。

クトゥルー・フタグン!

─ 文・佐野 宏 ─