2022年8月7日
課題図書:「82年生まれ、キム・ジヨン」チョ・ナムジュ著/斉藤真理子訳
今回の課題図書は2016年に韓国で社会現象と言われるほどのベストセラーとなり、日本でも話題となった「82年生まれ、キム・ジヨン」。男性であっても女性であっても、職場や家庭の中でジェンダーへの意識をアップデートが求められている今日この頃。自分の意識がちゃんとアップデートできているのか不安でもあり、今回の課題図書としてフェミニズム文学、ジェンダー問題を扱った作品を読みたいと思いこの本を選びました。
■あらすじ
ソウル郊外で子育てをしながら暮らす主婦ジヨンはある出来事をきっかけに精神病院に通うことになる。彼女がカウンセラーに語った内容を振り返るかたちで幼少期、学生時代、就職、結婚、出産と彼女の半生を振り返っていく。80年〜90年代の韓国の社会構造や家父長制の中で、ごく自然に存在していた女性差別と、その中で彼女やその家族がどんな風に生きてきたのか?というお話。
■感想
韓国と文化や習慣の差は多少あれど、タイトルの「82年生まれ」という時代を描いているので、現在40代以降の読者であれば読みやすく、共感しやすい。学校や職場で自分にも似たような出来事や、身に覚えのある場面や台詞があり、そしてその中には「当時の出来事」でまとめきれないものもあることに気づく。参加した女性メンバーからは「もう忘れていたが、当時はそういうことがあったことを思い出した」「男性にかしづくのが当たり前の世代だった」「男児が生まれないことに対する圧迫感があった。」などの感想が挙がった。日本でも同じようなことがあり、きっとジヨンと同じような人がいたに違いない。
また感想を語りあう中で、改めて気づいたのは本作の中で描かれる差別は「女性 対 男性」だけでなく「女性 対 女性」でもあるということ。ジヨンは結婚した夫の家族との関係や、出産・育児と仕事との両立を模索する中で、男児を望まれるプレッシャーや専業主婦への偏見など女性としての重圧や偏見に晒されることになっていく。本来なら頼るべき同性や家族までも自分を追い込んでくるという状況は徹底的に孤独だと思う。この「孤独」と言う点に共感する声が多く挙がった。
■物語の語り手と余韻
終盤に登場するカウンセラーはこの物語の語り手で「男性」である。カウンセラーとして中立的な立場でジヨンの経験や想いを聴き、読者にそれを語り、精神を病んでしまったジヨンを回復に導くべき存在であるが、それでも最後には彼の差別的な発言を残してこの物語は終わる。この場面は性差別の問題の理解は進んでいるが未だに根強く残っていることを示唆しているようにも読めるが、それよりもこのカウンセラーの元でジヨンが回復できるのが心配になってしまう。決してハッピーエンドではない。一方でこれは余談だが、本作の映画版ではこのカウンセラーは「女性」に変更されている。そして小説版では描かれない治療中の様子や、おそらく回復したジヨンの姿を少し見せて終わっているのが興味深い。
■女性が社会変える作品
韓国でこのような作品が登場し社会的に大きな話題になったことを考えると、韓国の女性が自分達で社会や制度を切り開いていくパワーのようなものを感じるが、一方で日本はどうなのか? 「本作のような立ち位置の国内作品は?」という問いをメンバーにしてみたがコレという作品名を思い浮かべることができなかった。これは性差別やジェンダー問題について日本の状況がベターだからなのか、出遅れているのか、あるいは単に語られないのかわからない。
韓国の女性のパワーと言えば、本作に登場するジヨンの母親はそれを象徴したキャラクターだった。ジヨンよりも厳しい時代に育ち、諦めざるえなかった自分の人生への後悔を抱きつつも、賢く強く娘たちや夫を支えている。そんな彼女が、ある出来事に落ち込んだジヨンと無理解な発言をする夫に対してついに激昂する「いったい今が何時代だと思って、そんな腐りきったこと言ってるの? ジヨンはおとなしくするな!元気だせ!騒げ!出歩け!わかった?」(98ページより)。この場面は読みながらグッと拳を握りしめたくなる。
─ 文・中村 健太郎 ─
2022年8月24日
課題図書:「雁」森鴎外
今年は生誕160年&没後100年にあたる年。
陸軍軍医を務めながら作家としての活動も精力的にこなし、日本の近代文学をリードしてきた大文豪 森鴎外。
そんな彼が1915年に刊行した『雁』が今回の課題図書に選ばれました。
この小説の舞台は明治13年。
東京大学の真向かいにある下宿「上条」で暮らす大学生の岡田が毎日の散歩の中で、無縁坂の一軒家の前に立つ女性お玉の存在を知ることになります。お玉は高利貸しの末造の愛妾。次第に岡田に思いを募らせるお玉。偶然がいくつも重なることによって二人の関係は…。というもの。
岡田と同じ大学に通い同じ下宿に住む友人「僕」の視点で語られていきます。
読書会に参加したメンバーはこの作品をどのように読んだのか?こんな意見が挙がりました。
・明治の風景や地理、風情などを知ることができる。
・登場人物の描写、心もようが丁寧に描かれていて読みやすかった。
・ドイツ語が度々出てきて戸惑うことがあった。
・助けようとして救えない立場の人のことを、登場する動物たちに例えて描いているのではないか。
・ヒール役と最初は見られた高利貸しの末造が悪い人ではなく気働きができる人なのに驚いた。
・タイトルになっている雁をはじめ、紅雀、蛇などの動物の描写が生々しかった。
・お玉が住んでいた場所が「無縁坂」というのが物語を読み終えて納得がいった。それはたまたま?偶然?
・登場人物が手にする本は海外のものばかりで、この当時には日本の小説家が書いた作品がなかったのではないか。森鴎外はそういう意味でも日本文学の第一人者になりたかったのでは?
・人生の悲しみ、どうにもならない事、やるせない事をさらっと書いている。
などなど。
森鴎外の作品は文語体の作品が多く、同じ明治の文豪として挙げられる夏目漱石よりも読みづらいと思われがちですが、この作品は口語体。簡潔で無駄のない文体で現代人にとっては読みやすいものでした。
さらに鴎外自身の人生経験から着想を得た物語になっているので、彼の人となりや「女性観」も窺い知ることができます。
思いがなかなか相手に届かないもどかしさはありつつも、悲恋なのに湿っぽくないところも良きところ。それゆえ読み手を素直に物語と向き合わせてくれます。
この『雁』ではいくつかの「偶然」によって登場人物の人生が変わっていくさまが描かれているのですが、そのひとつが書き手の「僕」が下宿先で出されたおかず。これが物語の大きなキーアイテムになっている事に、読書会に参加した全員が驚きました。
めまぐるしく移りゆく明治という時代の中で、愛と運命に翻弄される人々の物語を楽しみつつ、この意外な展開は必ずや読んだ方の心に残るはず。
最後にこの事も書いておかねば!
閉会前、私から「書店員になったつもりで『雁』のPOPを考えてください。」とメンバーにお願いをしてみたのです。そしたらみんなから出されたコピーは、どれも書店で採用してもらえるのではないかと思われるくらい秀逸で。その中でBest1に選ばれたのがYさんのコピー。
「運命を分かつ”さばのみそ煮”!」
この言葉に惹かれて、この小説『雁』を手にする人がひとりでも多くいてくれますように。
─ 文・山川 牧 ─