2021年1月

2021年1月9日
第179回課題図書:「羆嵐」吉村昭

「ねえ、クリストファー・ロービン。はーちみーつ食ーべたーいな。」
「プー、僕たちはずっと友達だよ。」
…なんてホンワカした可愛いヤツじゃありません。クマはクマでもヒグマです。漢字で書くと羆です。ゴッツイ奴です。
 そう2021年劈頭を飾る課題図書は、吉村昭の『羆嵐』となりました。令奈さんの選書理由は「一人で読みたくないから」「両手で目を覆って隙間からちょっと覗くように読みたい」って。なるほど、装丁がまず怖ろしい。こんな凶悪な面相をした生物に遭遇したら、宏くんじゃなくても良くて失禁、おおかた失神してしまうでしょうな。あろうことか、この圧の強い表紙にいつか読むことを予感したという僚子ちゃんは、結果、読まなきゃよかったと振り返ってましたが、読書会で「読んで良かった」「読まなきゃ良かった」の二択インタビューしたのなんか、初めてのことではないでしょうか。

 さてさて多士済々の赤メガネには、なんと熊小説のオーソリティが一人いるんです。そのけんけんも、いつかは読まなきゃならん!と思っていたそうですが、ドキュメンタリーゆえに、エンターテイメント性を削ぎ落とした本作を、外連味がないと評して、私も然りと思いました。ただ終盤では、ヒグマを仕留めた後に表題となっている羆嵐が吹き、「ここで来たかー」と心が踊ったそうです。
 しかし、今回の赤メガネ、言うてもイマイチ盛り上がりません。でも決してこの作品が面白くない訳じゃないんです。めぐみちゃんにいたってはメチャクチャ面白くて一気読みしたそうですし、靖子さんもプロの羆撃ちに目線を移してからは夢中になって読んだといいます。ただ本作について話すとなると、なんとなく口が重くなるというか、沈鬱とまではいかなくとも物憂い感じでしょうか。それはみんなが一様に感じた怖しい描写が続くというだけでなく、やはり題材が実際に起きた事件で、6名もの人が命を失っていることが影を落としているんでしょう。
 そうそう事実は小説より奇なり、といいますよね。剥き出しの本能や圧倒的な暴力と向き合う事になる本作は、事実と言っても人が死んだ事件であるとか、未開の地に移住せざるを得ない社会的背景とか、こういった現象に留まるものではありません。言ってみれば遺伝子に刻み込まれているヒトが生きてきた重層的な事実なんだと思います。それが「食われる」という原始の恐怖を呼び覚ますのではないかと。

 一方で、さして驚くには当たらないのかも知れませんが、「羆も人もどちらかが悪い訳ではないのだけど…」とゆめちゃん、「羆にも生きる権利があるよね」と知子さん、「人と自然は折り合って生きなきゃいけない」と牧ちゃん。自然を、地球を共有する者として、人喰い羆の生存に対する本能にも理解が示されました。我々は被害者の身内ではないという事もあって、羆は恐怖の源泉であったとしても、憎悪を向ける対象ではありません。羆に対する一定の理解は、自然からの距離が遠くなってきている人間社会に対する、ナウシカ的不安みたいなものから湧き上がったのかも知れないですね。
 さらにその文脈上で、自然界の原理ともいえる食物連鎖を強く意識させられたメンバーも多かったと思います。『人を喰った羆を鍋にして、それをまた人間が食べる事で供養とする』ここに象徴されていたと注目したのは五朗さん。ヒトを食物連鎖の頂点に上げたのはテクノロジー。それを持ち得なかったこの村の悲哀も感じていたようです。
 しかしテクノロジーもエンジニアリングも一切ご無用!熊(bear)とベア(bare)ファイトする事態を想定していた驚くべき強者もいます。赤メガネきってのアイヌ好きのはせまりは、熊と対峙したらどうするかをシミュレーションしていたそうですが、あくまで対ツキノワグマであって、ヒグマには効かなそうだ、と対策を練り直す構え。今後は、まり姐さんと呼ばせていただきます。。。

 小説としての本作は、アンチヒーローである銀オヤジこと羆撃ちの銀四郎を置いては語れません。そして彼の人格形成において影響を及ぼしたであろう、北海道手塩地方の自然や、入植・開拓という歴史的な社会環境もこの物語の底流を為しています。
 『入植者が世代を経て、死者を埋葬して、初めてその土地と繋がりを持つ』序盤で比較的長く書かれたこのくだりに、入植者と厳しい自然の関係に思いを馳せたのぶさん。とにかく寒さを感じながら読んだ、というあずみちゃん。年間平均気温で10度も低い(東京-旭川比)蝦夷地で生き抜く事は、羆がいなくても容易ではない事を、冷え性の私も強く感じながら読み通しました。

 最後に、映画好きなメンバーも多い赤メガネ。五朗さんから「この小説は映画にしたら良いんじゃない?」と、割と良く起きる議論が投げかけられましたが、今回はあまり膨らみませんでした。私もなんだかスプラッターな感じがして、映画はどうかな?と思いました。

 今回、令奈さんからいただいた感想の中で、映画について吟味されていたのですが、これがポンと膝を打つものでしたのでまんま紹介します。令奈さんが参加してたら、これで盛り上がったんじゃないかなー、と思わせる考察です。

 設定としては、『ジョーズ』と『老人と海』を足して2で割ったような作品に思えた。特筆すべきは、怖がらせる気満々ではない、抑制の効いた文体がことさらに、恐怖心を煽るその匙加減の絶妙さ。事件の起きた立地・歴史的背景など、ドキュメンタリーとして読者が知るべき知識がしっかり押さえられていて、心理描写も最低限。なのに、人間の思惑とは別の掟で動く羆の存在がじわじわと読み手に迫ってくる。吉村昭さん、手練の技。

 話は少し飛躍するけれど、スピルバーグ監督に映像化してもらいたい、と思った。逃ども逃げどもあとを追ってくるトレーラートラックの運転手の不可解な行動を、運転手の手しか映さない、という映画『激突!』の手法で映像化したら一流のホラーになったかも。

 文体については、知子さんも短文でリズムが良いと、また僚子ちゃんも演出されない描写に却って怖ろしさを煽られたと、落ち着いた筆致がおしなべて好評価でしたね。そのおかげで、今回の議論も静かに進んだのかも知れませんね。
 さぁ、みなさん、熊と出会ったらどう闘うか!?次回までにちゃんと考えておきましょう。

─ 文・竹本 茂貴 ─


2021年1月30日
第180回課題図書:「ソロモンの指環―動物行動学入門」コンラート・ローレンツ

「あなたは、動物、好きですか?」
その答えによって、わくわく度が、違うかもしれません。
「ソロモンの指環」は、あの!ヒナの刷り込み!で有名な動物行動学者「コンラート・ローレンツ博士」が書いた、最初の本です。(1949年刊行)「学問は無味乾燥と思ったら大間違い、本物は楽しい」という推薦文を読んで、選書。猫好き、動物好きとしては、もう!出てくる動物が、可愛くて、可愛くて、博士のユーモアたっぷりの筆致に、声を立てて笑いながら、一気読みでした。

本は、全部で、12章。「カラス」「サル」「ヤゴ」「イヌ」「狼」などなど。「登場人物」ならぬ「登場動物」は、数えられないほど(笑)動物が苦手なメンバーにとっては、具沢山で苦戦したという感想もありましたが。印象的だった「動物」エピソードは、それぞれ。

人気は、「魚」のエピソード。「トウギョ」2組のカップル。こっそり、メスを入れ替える実験では、悲しいほど、オスという生き物は、綺麗なモテモテのメスが好き?という結果に。
「コクマルガラス」の観察では、二匹の女に愛された男が選ぶのは、情熱的な方?という。それは不倫じゃないか!と突っ込みつつも、どこか人間の世界ともリンクする感情の動き。生き生きとした描写は、博士と動物のやりとりが目に浮かんでくるよう。個人的には、ハイイロガンの刷り込みで、産まれたてのヒナと目が合ってしまい、大きな黒い目で、じっと見つめられ、博士が代理母になる瞬間に、あーん!可愛い!胸キュンでした。(本の中には、博士自身が描いた動物の挿し絵もたっぷりで、とてもとても可愛いです。)

メンバーの感想は、博士の動物への愛情が凄い。自分で飼って観察する視点が面白い。動物が好きすぎて人間嫌いだったのでは。変人だと思う。周りの家族は大変そう(笑)「まえがき」の「怒り」のエネルギーにわくわくしたが、そんなに怒ってなかったという感想もあれば。「あとがき」が面白い。あとがきをもっと読みたい。博士自身への興味も!!事実、博士は、刷り込みの発見で、ノーベル賞もとっちゃったすごい人。博士は、「ゲッゲッゲッ」「クラックラックラック」「チョック」などなど、「ハイイロガン語」「マガモ語」など「動物の言葉」を巧みに操りますが、日本語訳の日高敏隆さんも、動物への愛情深い動物学の研究者。故に、読みやすく、ほほう~!驚きの連続。(ちなみに、原書はドイツ語だそうで。)

今回、12人の参加者のうち2人が、この本を読むのは、30年ぶり2度目!という。さすが読書会メンバー。「ソロモンの指環」という名前だけでは、哲学書か?歴史書か?なかなか想像できない内容ですが。刺さる人には刺さる、めちゃめちゃ楽しい「動物の本」です。
この本から派生して、実家の動物好きの母上を思い出したり。昔ヤゴを飼っていた田舎の懐かしい思い出を語ったり。読書会のあとも、ペット事情の話題で盛り上がるなど。読後、誰かと話したくなる、魔法の一冊。猫好きとしては、博士!もう少し猫の話も!と思いつつ。ペット何を飼ったらいいかも載ってます。動物って大変だけどいいものですね。ばんざーい。

─ 文・池田 めぐみ ─