2016年10月

2016年10月7日
課題図書:「上海」横光利一
20161007

それが実在の土地であれ、架空の場所であれ、およそ物語には、
“舞台”というものが必要です。
世の中には、数多の小説がありますが、その地名だけをもって、
題名たり得る街は、上海をおいて他にはないのではないでしょうか。

上海という都市が、憧憬や昂奮などをかきたてるのは、
租界時代に世界中から集まった人々の冒険心が
未だに残っているからなのかも知れません。

さもありなん。今回、集まったメンバーの多くが、
この小説の風景描写に惹かれました。
思い思いの言い回しで、街並みが目に浮かぶ様を表現していて、
猥雑、エキゾチック、退廃的、「映画を観るかのよう」と言った人も。
はたまた岩井俊二やジブリの映像を思い起こす人もいて、
他ならぬ上海がそうであるように、多彩な印象が語られました。
個人的に最も印象深かったのは、対照的な街として現代の東京を挙げ、
無味無臭で無難な東京が、自身の五感をヤワにしたという感想でした。

一方、登場人物については、多様な感想や評価が述べられました。
この物語には、野心に溢れる者、運命に流される者、
運命を自ら開こうとする者、己の死を望む者、儚い希望を持つ者、
絶望する者など、色々な人物が登場します。
多くの国の利害が軋轢を強くする中、明日をも知れぬ事態に
巻き込まれていく彼らが、何を見ているのか?
愛か、SEXか、生きる為の糧か、それとも信念かビジネスか?
各々が仮託する人物を通して、女の強かさと脆さ、男の性(さが)の悲しさと逞しさ、
そういった物が感じられたと言います。
僕の見たところ、メンバー間の意見は、毀誉褒貶(きよほうへん)相半ば
といったところでありました。

この小説は実際に起きた5・30事件をモチーフにしています。
その3年後に書かれたため、事件の総括がなされず、
深みを出し難かったのではないかとの話になりました。
充分に歴史が醸成した後、故山崎豊子さんが、このテーマで書いたら
面白かったのではないかとの意見も出て、実に興味深い提案だと感じました。
そう考えると、小説のリメイクなども、もっとあっても良いのかも知れませんね。

こんな仮説が生まれる赤メガネの会は、知的冒険心に溢れる読書会だと思います。
私事で恐縮ですが、この小説同様、アジアにおける国際都市に赴任する事になりました。
熱帯の街から、新しい刺激をもたらす事が出来ればいいなぁ、と、
そんな風に願わずにはいられません。