2023年4月

2023年4月21日
課題図書:「こころ」夏目漱石


「とにかく恋は罪悪ですよ、よござんすか。そうして神聖なものですよ。」

罪悪で神聖? 相反する性質を併せ持つ恋などあり得るのだろうか? これは本作の主人公“私”に放った“先生”の言葉。何か良からぬ匂いがプンプンしてくるこのセリフに、私は悲しい男のエゴイズムを感じた。

本書は、「上 先生と私」「中 両親と私」「下 先生と遺書」の三部構成となっており、本書の半分近くが先生による遺書となっている。

あらすじは、以下の通り。
鎌倉の海岸で、学生だった私は一人の男性と出会った。不思議な魅力を持つその人は、“先生”と呼んで慕う私になかなか心を開いてくれず、謎のような言葉で惑わせる。やがてある日、私のもとに分厚い手紙が届いたとき、先生はもはやこの世の人ではなかった。遺された手紙から明らかになる先生の人生の悲劇――それは親友とともに一人の女性に恋をしたときから始まったのだった。 

先述の通り、私は本書のキーワードは<エゴイズム>だと捉えている。若い頃の私は、エゴイズムとは、自己チューとかワガママとか、自分勝手な人というイメージを持っていたけれど、今ではそれらのネガ要素は取り払われ、<自分自身の幸福を追求するための信念>と解釈している。人はいつだって自分らしさを大切にし、自身の幸せを願うべきで、心を満たす方法が自分と違うからといって決して非難されてはならない。自分のエゴイズムを大事にしつつ、他人のエゴイズムに理解を示すことができれば、世の中のバランスはもう少しうまくいくのかもしれない。

本書に出てくる“先生”は、そのエゴイズムに苛まれ、悲劇な最期を送ることになる。自分のエゴイズムときちんと向き合えなかった先生の遺書は、まるで先生の心の苦しみを詰め込んだ独白だった。誰かに心を開いて、自分を許す術を見出すことはできなかったのかなぁと、とても悲しい気持ちになった。

今回参加したメンバーは、漱石の文体や書かれた時代背景について考察してみたり、再読の人は本書を読む年齢によって気持ちを乗せたい人物が変化することを楽しむポイントだったよう。そして“先生”と世代の近いメンバーは、若い頃の自分を思い出す回顧録的な読み方もしていた。中には、本の構造に関して注目しているメンバーもいて、手紙がとても重要なため、前2部があまりお気に召さなかった様子。しかし、メインとなる手紙に登場する先生とK、お嬢さんの関係(男女の嫉妬など)は、現代社会でも通ずるエッセンスと捉えていた。やはり名著とされている本作を学生時代に教科書で読んだことがあるメンバーが数名おり、今回全編を通して読んだことで、より作品への理解が深まったと選書者としてはとても嬉しい感想を言ってくれた。また、漱石の他の作品を読んできた人は、これまでの漱石作品に抱いていたイメージと異なり、心にズシっときたとのことだった。

今回の課題図書が書かれたのは1914年。もう100年以上前のこと。永く永ーく読み継がれる名作に出合えるのも読書会のいいところ。作者が時を経て読者に伝えたかったこと、残したかったことに思いを馳せてみるのはいかがでしょうか。

ー文・水野 僚子ー