2019年3月

2019年3月16日
課題図書:「情事の終り」グレアム・グリーン
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 モーセの十戒のひとつである「汝、姦淫するなかれ」。キリスト教信者にとって、いえ古今東西の宗教に関わらず、如何なる理由があろうとも不倫は「許されざるもの」との認識でほぼ一致していると思います。あなたはその不倫についてどのようにお考えですか。
 今回の課題図書はイギリスの小説家グレアム・グリーンの1951年発表の「情事の終り」。
 グレアム・グリーンはメンバーの自由図書でも不思議と今まで取り上げることが少なかった (もしかしたら皆無だったかも)小説家の一人でもあります。その理由として考えられるのが、作品の多くで「キリスト教(カトリック)信仰との葛藤」という私たち日本人にとって分かりにくいと感じてしまうテーマとなっていることも無関係ではないと思われます。
 そして、この「情事の終り」でも自身の実体験をベースに、主人公の作家モーリス、人妻サラ、その夫ヘンリーの三角関係を軸に展開され、信仰とは一体何なのか?不倫の先には何があるのか?を読者に問いかけています。
 そんな重い題材だったにも関わらず、参加したメンバーは皆、面白くあっと言う間に読み終えたとの意見でした。何が面白たらしめているのかは読んでくださると分かるのですが、あえて説明するならばミステリーと純文学の要素が上手い具合に組み合わされ、所々に散りばめられたキリスト教のシンボルやモチーフ、聖書からの引用などによって(そこが分かりにくいと言われていますが…)読者を飽きさせず物語が展開されていくことだと思われます。さすがは映画史に残る傑作「第三の男」の原作者であり、脚本も担当したグレアム・グリーンのなせる業でしょう。
 さて、物語の核心、信仰と不倫についての個人的な所感を示す前に「愛」について考えてみます。みなさんにとっての愛とはなんですか。その愛について語るときに一体何を語っていますか。メンバー間の愛の見解の相違によって物語の内容、結末の捉え方、また拡大解釈をすると「幸せとは何なのか?」についても意見が分かれたのは興味深いところでした。
・サラの神への思いがよくわからない。
・キリスト教の愛とは?
・神を信じること(受け入れること)によってサラは救われたのか?
・宗教は人を幸せにするものなのに、サラは幸せになれたのか?
そのような意見を交わしながら会は進んでいきました。
 キリスト教信者は神様からの大きな愛の下で生きていると言われています。もちろん男女間の恋愛も結婚生活も子供を授かることも神様の愛の中で育まれていきます。すなわち、キリスト教信者にとっての愛とは神様の存在なしには考えることができないと言えます。また、聖書には神は愛と記されています。そのようなことを踏まえると、愛について語るときには同時に神様についても語っているのがキリスト教信者と言えないでしょうか。そして不倫とは、時に盲目になり、神様の存在を忘れ、当事者間だけの利己的な愛(厳密には愛とは呼ぶことができないものですが)に走ることではないでしょうか。
 サラがその過ちに気づき、神様の存在を確信し信仰を深くしていくところにこの小説のクライマックスが訪れます。そして過ちに対しての赦しはあるのか。キリスト教は赦しの宗教とも言われています。人は罪を犯すもの、そもそも生まれたながらにして罪を背負っています。その全ての罪の身代わりとなりイエス・キリストは十字架に架けられました。加えて、聖書の「姦淫の女性」の引用があることからもその答えは出ているとの結論に至りました。
 冒頭の「汝、姦淫するなかれ」をはじめ、どんな人間でも十戒を守れないものです。守れないからこそ、その罪を意識して日々生きること、信仰生活を送ることが大事なのだと、キリスト教信者は考えています。サラにとって「情事の終り」とは「信仰の始り」であり、それこそが新しい幸せなのではないでしょうか。

 最後に、グレアム・グリーンの作品を選書した理由の一つに私の愛聴するDon Henleyの アルバム “The End Of The Innocence”の収録曲“The Heart Of The Matter”が関連しています。
グレアム・グリーンの代表作の一つ「事件の核心(The Heart Of The Matter)」にインスピレーションを受け、同名タイトルとして発表した「赦し」について歌った作品です。そのような理由からグレアム・グリーンの作品から選書をしようと思い、「事件の核心」も候補としてあがりましたが、今回はより有名な代表作で古くはDeborah Kerr、近年ではRalph Fiennes、Julianne Moore主演で映画化もされている「情事の終り」を課題図書にいたしました。
 「事件の核心」も素晴らしい作品ですので、ご興味ある方はお手に取って、合わせて曲も聴いてくだされたら幸いです。また「情事の終り」のオリジナルタイトルは “The End Of The Affair”であることも記しておきます。

― 文・楯林 宗能 ―