2022年3月

2022年3月13日
第199回課題図書:「黒牢城」米澤穂信

去る三月の日曜日にオンラインで開催された読書会。課題図書に選んだのは「黒牢城」(著者:米澤穂信)。

昨年の四大ミステリランキングを制覇し、今年の直木賞に選ばれ、間もなく発表となる本屋大賞候補作でもある。

今乗りに乗っていて、マジのマジで選ばれしこの作品、世間の盛り上がりに合わせて読書会メンバーの期待値とハードルは読む前から上がりきってるわけだが、果たして我々”赤メガネの会”の包囲網に「黒牢城」はその強さを誇ったままでいられるのか?その開催レポートを個人的な感想とあわせてお届けしたい。

結局、とりあえずの槍を持った農民さながらにまず僕はやられてしまった。偉そう言ってすみませんでした、参りました、という感じ。

「ほうほうそんな感じなのね、でもそんなすごいかしら?」と作中の四分の三くらいまでで油断したところをどす黒い刀身で袈裟斬りされたような。なのに斬られて脳は悦んでいるみたいな。ミステリの醍醐味を歴史劇を通じてぶちくらわす戦国密室合戦である。

メンバーの方々の感想を挙げる前に、物語のあらすじをなるべく未読の人の楽しみの妨げにならないように注意しながら書きたい。

天正六年(1578)十月、織田信長の家臣として武功を上げていた武将・荒木村重は本願寺勢対織田軍の戦いの中、突如信長に反旗を翻し、有岡城に籠城する。旧知の仲である小寺(黒田)官兵衛は翻意を促すための使者として村重の元に訪れ告げる。

「この戦、勝てませぬぞ」

それに対し村重は官兵衛を捕らえ、地下牢に繋いでしまう。

村重は毛利軍の援軍を頼りに対織田軍の籠城戦を続けるが、有岡城内で次々に事件が起こる。人質の密室殺人、討ち取った敵将首をめぐる怪事、和睦のための使者の殺害犯探し、等々。

これら降り掛かる謎を解けなければ、籠城戦における城内の規律や戦意の低下、そして敗北に直結してしまう。かくして村重は闇の牢に繋がれた官兵衛の元を訪れる…。

戦国時代の籠城戦の中にミステリのトリック・犯人探しを組み込むという中々ありそうでなかった小説だが、主人公荒木村重が謎を解き明かせるかどうかがこの戦況に直接関係してしまうという構造が面白い。その構造ゆえに歴史物かつ謎解きという組み合わせが無理無く進み、歴史物じゃなくてよくない?or謎解き要らなくない?とは思わせない硬くて強い背骨を持ったストーリーを成している。

それでは各メンバーの感想をここに挙げたい。

「初めて読んだ作家の方だったが、面白かった。有岡城のこと、荒木村重のことは敢えて調べずに読んだが、自城と敵軍の攻防を描くかと思ったら城内部の人間の攻防を描く、仲間内でのミステリーだった」

「信長~家康の時代や武士の精神が好きだけど、この本が語る村重の謀反をめぐる話は初めて知った。作中の城主のリーダーシップの在り方が面白かった」

「面白くてスピーディーに読めた。黒田官兵衛が入った実際の牢屋の大きさを知ってたから、大変だったろうなと思った。そして作中の籠城戦における「城は人」という言葉(つまり城内の人がどれだけ結束できるかが城の強さを左右する)と籠城戦の様子が今のウクライナと重なった。有岡城は毛利軍の援軍を頼りに頑張るが、今ウクライナには援軍がいないという状況が重く響く」

「序章を読んでその文体にちょっと大丈夫かなと思って身構えた。けれどその先楽しく一気に読めて、謎解きの部分も楽しめた。武士は格好いいなと、この村重は格好いいと惹きつけられて、例えば村重と家臣の会話の中で、家臣が置いた呼吸のひと間がいつもの間と違うから何かあるんだろうとか詰め寄るところとか、やる男だなと思った。最後〇〇したのは驚いて、あんまり好きにはなれなかったけど。ちょっと文体が難解なところがあったが、時代物面白いっていうのが分かってよかった」

「そもそも荒木村重の名前も初めて知って、架空の人物と言われても受け入れるくらい前知識なく読んだ。第三章終わりまで読んで、正直、大丈夫か、直木賞大丈夫か、四大ミステリランキング大丈夫かと、戦国ミステリは初めて読んだけど、〇を〇して〇したって、そういうトリックだけの話なのかって。羊たちの沈黙のレクター博士っぽく黒田官兵衛が助言してみたいのは分かるけど、それだけじゃ評価しないよと思ってたら、最後のあと50ページくらいから急に温度が上がって、これは確かに面白いと。これまでにあった小さな事件のミステリがちゃんと繋がり、かつ歴史は実はこうだったかもしれないという示唆を見事に与えてくれたところはびっくり、なるほどと手を打つ感じ。一番最後の、〇〇が〇〇と思ってた〇〇が出てきて、なるほどすごいと思って、これ多分歴史に詳しい人はこのオチを分かってて、早い段階でそういう見通しを持って読めてたと思うけど、僕は知らなくて、なんならファンタジーとして読んだので、粋だね武士ってって思ったし、信長はちょっとやりすぎでしょうとか、一喜一憂しながら、読むことができた。ただ、これが読書会の課題図書じゃなかったら三章でやめてたかも」

「歴史小説がすごい苦手で、読み進めるのに時間かかったけど、ミステリということで最後まで頑張って読んだ。でもほんとに読んでよかったと思った。この本の一番良いなと思う点が本の構成で、各章の名前の付け方も粋だし、最終的に序章「因」と終章「果」で因果となるんですよね。序章で最初に言われている「進めば極楽、退かば地獄」って言葉が、後半に出てくる〇〇の言葉と結びつき、本一冊がきちんと全てで良い作品にまとまっているというところに私は喜びを感じた。史実は詳しくないし読み辛かったっていうのもあるけど、最終的に一つの本として完成度が高いというところで、私はこの本は素晴らしいなと思った」

「歴史小説を読み慣れてないのと、さらにミステリということで犯人探しもある、そこで登場人物の名前を全部書いてみた。何ページに誰が出た、ここでこの人が死んだ、そういうのを全部していったけど、結果犯人は全然分からなかった。けれどこれをして良かったのは、肩書きによって呼び名が変わって表記されることが多い人名も、自分のメモがかなり生かされて誰だか分かったので、歴史物を読む際は書くのをお勧めしたいなと思った。一番の読みどころ、納得した、面白かったと思うのは、信長に謀叛を企てた人で、いろいろな研究者が調べてもその理由がはっきりしないのは、有名な明智光秀とこの荒木村重だけ。そんな中でこの作中に、村重が「何故信長に謀叛したのか」問われる場面があって、その返答が著者米澤さんの考えたこと、米澤さんはこうやって歴史を紐解いたっていうことが、ただ犯人探しのミステリだけでなく、歴史における謎を自分はこう解いたっていう着地だと読めた。それと読む前の本の印象が、ミステリに対して村重が官兵衛に色々聞いて謎を解くと思ってて、もっとマメに牢屋に行って、どう思う?俺こうなんだけどさ。うーんそれは違うな、じゃもう一回行ってみよう、オッケー!みたいなノリが繰り広げられるかと思ったら全然違って、官兵衛そんなに語らず、ヒントくらいしか与えず、あとは自分で解け、自分で考える、というのが良い意味での期待はずれだった。作中の戦国時代の、どうしてそれで怒って相手を打ち負かそうとするのか、それは許せてそれは許せないという人というか武士道というか、そこの線引きも面白かった」

文体の難解さに苦戦したという声もありつつ、総じて面白いという感想が挙がった。そもそもミステリ作家として名を馳せる著者が、普段扱わない歴史物を下敷きにしてミステリと融合させて世に出したその見事な手腕に僕は驚いた。聞けば恐ろしいほどの読書家でもあり、だからこそ自分の主戦場のミステリに戦国という舞台を用いることが出来たのか。

読書会では、それぞれが感想を挙げた後、内容の詳しい部分についてのアレのアノ行動はどう思ったか、ソノ心情はどうだったか、沢山の意見があがったのだけれど、作品の性質上、ネタバレを避けたいため残念ながらこのレポートでは割愛する。その上で、「黒牢城」の印象に残った場面の各々のコメントをここに載せたい。

・荒木村重は茶人の十哲に数えられる名人。鎌倉時代と戦国時代で武士が大きく違うのは、茶をするようになったこと。それまでは向かい合えば斬り合うしかなかった武士が、茶道によって座って話すことができるようになった。武士が茶をすることの尊さとそれに付随したものがよく描けている。著者は単に時代劇ミステリーを書くんじゃなく、当時の戦国武将というものがどういうものだったか、歴史や茶道を取り入れながら、上手く描いた。戦う以外の、座って話をする武士の姿というものをここまで描く時代物を読んでなかったのでそこに感動した。

・この本の武士の上下関係がまるで現代の会社みたいに見えて、そこに日本人のルーツを感じて、そりゃ社畜もできるわなって読みながら思った。

・当時の女性が夫に何か物申すということはできなかっただろう、そういう情景を作中できちんと具現化していた。武家社会における縦の関係、主君の言うことが絶対という中で、女性は道具のように扱われるが、その中でのしたたかさや想い、信仰が彼女たちを支えたのかもしれず、女性が想いを貫こうとするのが印象的だった。

・作中にある全てのトリックが○のために行われた、という後半の登場人物の言葉からこの作品の質がもう一段上がったように思う。そしてそこで語られる、戦国時代という死に満ちた世界の中で、死よりも恐ろしいものがあるという言葉の説得力。

・村重が謀叛を企てた訳を語らせた上で、著者は村重がこの籠城戦を打開するための策を描く。そこの”もしかしたらこれで歴史は大きく変わったかもしれない”というifを提示した場面に興奮した。

籠城戦という我慢の戦を季節の巡りに重ねて味方内の心情の移ろいや崩れを丹念に描いてゆき、血で血を洗うねっとりとした空気感を城外・城内・地下牢に立ち込めさせて、その中に謎と推理を散りばめて展開する、これを書こうとすればなんと複雑で手の込んだことだろうと思うけれど、それをやってのけた、戦上手な著者に天晴れである。

─ 文・松永 健資 ─