2022年9月

2022年9月19日
課題図書:「ねじの回転」ヘンリー・ジェイムズ著/小川高義訳

怪談は夏のものとは、誰が決めたの?と言いたくなるほど、冬の夜が似合う「ホラーの原点」、今回の課題図書はヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』です。

舞台はとある古い屋敷の暖炉の前、パチパチと薪が燃える音のほか、何も聞こえないほどの静寂な夜に、クリスマス休暇を利用した泊り客が暖炉を囲んで恐怖話をしている。子どもが幽霊を見せられるという話しのあとで、「私」の友であるダグラスが語り手として名乗りをあげた。その話は、自分が子どもの頃に思いを寄せた魅力あふれる10歳年上の女性から、後年に書き送られた手稿で、凄惨な物語が綴られているという。その女性は20年前に亡くなったが、ダグラスは40年経った今も重く悲しい慕情をよせていて、その手稿を今から取りよせて読んで聞かせようというのです。それでも聞きたいと居残った「少数精鋭の聴衆たち」に語られた内容とは…。

物語は、ある二十歳の女性が、インドで両親が亡くなった兄妹の伯父であり、後見人である紳士から、住み込みで家庭教師の依頼を受けるところから始まります。当時の女性の仕事は限られていましたから、願ってもない幸運で、しかも田舎の牧師館育ちのその女性は、初めてみる紳士の伯父に一目ぼれをしてしまうのです。教育の全権をまかされ、しかもその兄妹は天使のように愛らしく素直で、彼女はとろけるようになりました。兄はマイルズ10才、2つ下の妹はフローラといい…、ちょ、ちょっと待って、マイルズはダグラス自身なの?これはダグラスのカミングアウトなのか?と問う間もなく、話はどんどん進行し、美しい夏の夕暮れの庭に大粒の雨がぼとり、ぼとりと落ちるかように不穏な出来事が続きます。

一つ目は、マイルズの放校処分。持ち帰った学校からの手紙には、「まさかこんなこと」という内容が書かれていました。女性は折りたたんで自分の胸にしまってしまいます(唯一の相談相手である屋敷の管理人グロース夫人は字が読めなかった)。二つ目は家のなかに男女の幽霊が出たこと。男性は屋敷の世話係だったクイント、女性は前任者の家庭教師だったジュセル先生、二人の死因は不明。その二人の幽霊は、その女性にしか見えないようなのですが、子どもたちをねらい、二人の兄妹も幽霊に誘惑されているように思えます。二人を守ることが自らの使命と考えた彼女は、最後にマイルズと二人が残された屋敷で幽霊と対決、勝利したと思った瞬間、腕の中のマイルズを見た彼女が上げた恐怖と絶望の叫び声が誰もいない屋敷に空しく響きわたった(ように思えました)。

読み終わったメンバーからは、
「すごくもやもやする」、「マイルズは死んでしまったの?」、「いやダグラスは生きているじゃないか」、「何故、この家庭教師はこんなに子どもを型にはめようとするのか」、「幽霊はほんとに出たの?」、「やっぱりこの家庭教師の女性はおかしい」、「管理人のグロースさんも変だぞ」、など様々な感想が飛び交いました。そして「話のつじつまが合わない」、「何が言いたいのかわからない」という戸惑いの声とともに、ついには「この作品の書き手も信じられない」という意見まで…。そうなのです。この手記は何度も重ねて上書きされています。私たちが読んでいるのは、家庭教師の女性が書いたものをダグラスが語り、それを友である「私」が「正確に」筆写したもの。それぞれの伝え手の加筆・修正は明らかです。

 また、著者の兄のウィリアム・ジェイムズは後年、『失われた時を求めて』や『ユリシーズ』、『ダロウェイ夫人』等の20世紀文学作品に結実する「意識の流れ」の概念を最初に提唱した心理学者であり、1つ年下の弟である著者はその影響を受けています。そして、この作品の執筆当時はすでに健康を害していて、口述筆記で行われたというから、ますます混迷が深まります。しかし、その一見ばらばらに見えるパズルのピースを一つずつつないでいくと、作品の意図が現れてくるような、そんな魅力も感じられる作品なのです。

 あるメンバーから「この作品の終わり方が何とも言えない。最後はもう一度最初の暖炉の場面に戻ると思っていた」という意見がありました。なるほど!そうか、私たちはこの作品の仕掛けた「罠」にまんまとはまってしまったのですね。手記を読み終えるとともに、ダグラスの姿は消え、質問攻めにしたい私たちだけが取り残された。私たちはいつの間にか、あの暖炉の前の「精鋭の聴衆」にされていた訳です。…というのは、あくまでも私の考えですが、読書会はその後も「マイルズの放校の原因はもしかしたら、これ?」など、「もやもや」から楽しい「妄想」へと話しは弾み、私はといえば、今だに「マイルズ=ダグラス」説を捨てきれず、あの話の結末は脚色で、二人の逃れられないその後の人生に空想をめぐらせています。

みなさんは、ねじを回していてなかなか締まらなかったことがありませんか?ぎゅっとしまればそれで終わるのに、空回りでもいつか締まるのではないかと回し続け、いつの間にかその周囲は深くえぐられて血がとめどなくあふれていたようなことが…。

 暖炉の火はいつでも戻っておいでと誘うように赤々と燃え続け、メンバーそれぞれも心の中で?と問い続けるような、そんな良き読書会でありました。

─ 文・Chiro ─